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どきどき

今日は大切な話し合い。
待つことが苦手やけど、ぐっとがまんで待たないと。
話し合い自体はたぶん悪い方向には行かないはず。でも、ちょっとつらい。
待ちきれずに朝から別の話をしてしまった。


こんなことなら仕事休まなきゃよかった。
今日の話し合いがいい方向にいきますように

生存権

『生存権 いまを生きるあなたに』という本を読んだ。
憲法第25条の生存権について立岩真也ほか2名にインタビューするという形式の本。そういう形式なので、特に難しいことが書かれているわけではなく、ごくごく基本的なことが語り口調で書かれているのですぐに読んでしまえるし、新しい発見があったわけでもない。
でも、こういう時代だからこそ生存権について最低生活の保障ということについて意識していかないとだめなんだなぁと思わせるには十分な内容かな。


立岩真也のところでは、この人がいつも難しく書いている国家の役割(富の分配について)がすごく簡単に紹介されている。
この中でおもしろかったのは、知的障害者は働かなくてもいいと思うかどうかという話し。聞き手には知的障害の子どもがいるようで、聞き手は子どもが働きたいといったら楽しんで働けるような作業所のようなところに通ってもいいと思っているけれども、必ずしも働いた方がいいとは思っていない。話し手も同様で、どちらでもいいと答えていて、それはなにも知的障害を持つ人だけに限った話しではなくすべての人を対象に話ているところ。
ぼくもぷらっとを始めようと思ったときに、知的障害を持つ人の就労について少し考えて、しごとというのは余暇活動でいいんじゃないかって思えた。所得保障は年金や保護で対応して、その人の持つ役に立ちたいとか楽しみたいとか働きたいという欲求に対応できる場所が必要なんだろうと思ってた。そのとき、知的障害者のしごとは余暇活動でよくって、どうしてぼくのしごとは余暇活動じゃだめなんだろうって考えてたのを思い出した。
そのときは、知的障害者には生産性がないから余暇でいいんだという、ぼく自身の差別意識の表れだろうかとも思ったけど、この本を読んでいてそうじゃないというこが確認できた。(差別意識の表れじゃないということはわかってたけど)
ぼくにとってのしごとも余暇活動であってもいいんだろうし、それを説明することだってできるはず。

(余談)
この本で朝日訴訟という言葉を久しぶりに聞いた。大学時代に公的扶助論の講義で聞いて以来だから15年ぶりぐらいだろうか。
あのころは、公的扶助論なんて大嫌いな講義のひとつだった。中身も、生活保護についてのシステムのややこしい話か、福祉川柳事件とかにみられる福祉事務所のワーカー=悪という、単純でうんざりするようなつまらない話しか聞けなかったし。
でも、本当は公的扶助論はすごく大切な講義のはず。もっと、別の伝え方をしてくれていれば学生時代から興味が持てたはずなのになぁ、なんて人のせいにしてしまってるけど。

桜と記念

IMGP1181.jpg

金曜日はお休みだったので朝から奈良公園へお花見に出かけました。
氷室神社のしだれ桜は満開で平日の朝だというのに多くの観光客でにぎわっていました。

その後、夕方からはお祝い。忘れられないプレゼントになってたらいいけど。


IMGP1194.jpg

心配

知るはずじゃなかったものを知ってしまったことで、心配したり不安になったりすることがある。

でも知らないままの方が良かったかときかれると決してそんなことはないんだけど。



しばらくは悩みの多い日が続きそう

新たな一歩

 日曜日に話し合いを行った。始めたことを終えるためには必要なことだとは思うけど、やっぱり話し合いはつらいかった。
 この後ずっと、相手の人の言葉が頭から離れなかった。もし、いつかこの言葉を大切な人が口にしたらどうしよう。そればかり考えて、ひとりでずっと不安になる。でも、こんな事ばかり考えていても仕方ない。大切な人はそんなことは絶対ないから信じてって言ってくれてるし、その言葉をちゃんと信じないと。


 4月からはちゃんと前を向いて進んでいけるように、いまからもう少し頑張らないと。
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taat1017

Author:taat1017
うだうだ、ぶつぶつ。いろんなことにすぐに悩んでしまう困った人です。

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