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無事終了

 ここ数日緊張の種だった「地域福祉推進セミナー」が無事終了、たったいま交流会を終えて帰ってきました。セミナーは380名もの参加者を得て大盛況でした。私が発題させてもらった分科会は、残念ながら時間不足で当初予定されていた会場を巻き込んだ議論というところまではいきませんでした。でも、地域で暮らす障害当事者や地域生活を支えるNPOの方から興味深いお話を聞くことが出来たし、私自身もそんな場で発表するという貴重な経験をいただいて、本当に楽しかったです。
 少し考えさせられたのは各分科会の報告を兼ねた全体会。「今こそ福祉施設の力を地域づくりに」という分科会の報告で、施設がハード、ソフト(介護技術)、マンパワー(施設職員)を備えた地域の社会資源だという話がされていました。全体会に先立って行われた基調講演では、同じ福祉施設(利用者は異なるけど)が浅野史郎氏が宮城県取り組みとして知的障害者施設解体宣言の話をされていました。どちらか一方の批判ではないんですが、一方では憲法で保障された居住の自由を制限するあり得べきものとしての“施設”、もう一方では地域住民にいろんなノウハウを提供する貴重な未活用の社会資源。このギャップってなんなんでしょうね。職員の持つ専門性についても、前者では利用者の自立を阻害する可能性があって、地域移行のために転換を求められているスキル。後者では住民に教え広げていく今まさに求められているスキルとして2通りの語られ方がされています。
 施設は今も現に存在します。私の家のすぐ近くにも200床もある老健がもうすぐ完成します。施設でないと暮らせない人も中にはいるのかもしれません。施設での生活を望まれる人もひょっとするといるのかもしれません。でも、基本をどこに置くのかということはちゃんと考え、押さえておく必要があるのではないでしょうか。いま現にたくさんあってどうせあるのなら、なんか少しでもましな利用の仕方を考えるというのも大切かもしれません。でも、いま“ある”ということだけにとらわれずに考えることも大切なことだと思います。
 まわりくどい言い方で、しかもちっともまとまってないので自分でも何を書いたのかよくわかりませんが、社協という色んなしがらみで事業をせざるを得なくなってから後付の理由(社協がそれを行う意義)を考えることが多い職場にいるものとして、なんか似てるような気がしたりしつつ腑に落ちない思いがあったので書いてしまいました。(ちゃんと説明できるように布団の中で考えます)

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うだうだ、ぶつぶつ。いろんなことにすぐに悩んでしまう困った人です。

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