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携帯のメモ


 仕事で白浜に行く途中、高速バスの車窓から弁慶祭りというのを見かけた。和歌山県田辺市は武蔵坊弁慶の生誕の地らしい。その弁慶祭りでよさこい踊りが行われていた。
 最近本当にいろんなところでよさこいが行われている。奈良のバサラ祭りなんかもそうだ。特に毛嫌いしているわけではないけどよさこい系のお祭りにはすごく違和感を感じる。まだ、白浜に着かないなと思いながらこの違和感って何かなって考える。
 きっと、神さんが不在だから違和感を感じるような気がする。以前から、この種のお祭りには違和感を感じていたけど、ネパールへ行ってますます強く感じるようになった。きっと祭りの方向性が内向き何だろうなと思う。いかに自分たちのチームが上手に踊れるか、審査員に評価されるかということが一番の関心事ではないか。神(自然)への感謝とか畏敬っていう祭りの参加者や見物人よりもっと大きな他者に対する外向きの関心が感じられないように思う。
 だから、私はこれらのお祭りを見ると違和感を感じるし、ちょっと恥ずかしいような気持ちになって見ていられなくなる。たぶん、お祭りのように多くの人が集まって何かを行うような場にはみんなが共有できる大きな存在が大切なのだろう。
 カトマンドゥにあった信仰や伝統的な生活。それがものすごくうらやましく感じられた。合理的かどうかなんて関係のない揺るぎない連続性。親がしていたことを当たり前に子が受け継いでいく。このことが本当に大切なことのように感じられた。
 たぶん、旅行者の身勝手なあこがれだと思う。カトマンドゥにある連続性の前では一個の人の存在なんてものすごく軽い存在なんだろうなとも思う。生活者としては、私にはとても耐えられない社会だろうとも思う。
 でも、よさこい系の祭りを見ていると何か根本的に間違っているような気もする。ぼくらの仕事はそんなこともちゃんと考えたりしないといけないんだろうと思う。

 以上、あんまりに遠かった白浜までの高速バスで携帯と悪戦苦闘しながら、何となく書いたメモでした。

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うだうだ、ぶつぶつ。いろんなことにすぐに悩んでしまう困った人です。

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