スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

クーラー解禁!

 ここのところ暑さが本格化してきていましたがうちの職場はまだクーラーの使用が御法度でした。でも、建物自体がクーラー無しで夏場に使用することなど全く想定していないので、特に昼から夕方にかけては地獄のような暑さです。なんせ事務所の西側一面がガラス張りで太陽光を遮るような建造物も近くにはない状態。もうサウナのようです。それがなぜか今朝、勤務開始からしばらくしてクーラーの使用が解禁されました。
 すぐにクーラーがつけられ、しばらくはなんて涼しいんだとクーラーを満喫していました。が、しばらくすると寒くなってきました。温度設定は28℃のはずなのに席がクーラーの真下にあるため冷たい風が直撃。夏場クーラーで苦労している女性の気持ちが少しわかったような気がしました。
 私は少しでも暑いと「暑い、暑い」とぶつぶつ言いますが、実は暑さには少し強いので団扇さえあれば何とかなるんですよね。逆に寒いのは全然ダメですぐに体調不良になって、冬中風邪を引いていますが…。
 話は変わりますがブログを初めて間もなく3ヶ月、あと101人で訪問者1000人達成です。900番目の訪問者はどんな人かなー。

スポンサーサイト

理事会終了

 少し(かなり?)遅くなりましたが、本日ようやく理事会・評議員会が終了しました。事業報告や、各種規定の変更等が案件だったのですがなんとか承認されました。ただ、ぷらっとの運営については監査さんからきつーい指摘をいただいてしまいました。昨年9月のオープン以来人件費や家賃など毎月結構な赤字を出し続けているぷらっと。その赤字の金額が事業に見合っているのか、社協の財務体質としてその赤字を今後もカバーしていくことができるのか。9月末までに今後3年間の財務計画とともにその事業の必要性を報告書の形にして、理事会・評議員会に提出し検討することになりました。
 担当者としては、当初から結構な赤字を出すことは織り込み済みで社協の障害者関連事業として支援費事業などの収益の見込める事業とひとくくりにして収支をトントンにするという構想だったのですが。起案ではそのような収支見通しも含めていたつもりだったのですが理事会・評議員会はそんな風には理解されておらず、閉鎖や場所の移転も含めた抜本的な検討を行うということになってしまいました。
 まぁ、当初の見込みでは知的障害者のデイサービスとして支援費制度にも乗せてある程度の収益(といっても赤字の一部を補填する程度ですが)を確保というようなことも考えていたのですが諸々の事情で、社協単費の事業となってしまいました。そう考えると経営的な視点も含めた計画の見直しというのは当然必要な話だとは思います。明日からない知恵を絞らねば。気合い入れてがんばらな。

ハノイ日記4







 今日はハノイの西洋建築とそれ以外にきれいに撮れた写真を紹介したいと思います。
 ベトナムは19世紀末からフランスの植民地にされてしまいました。その関係で19世紀末から1930年代に書けて多くの西洋建築がたてられました。写真の1枚目は1888年に建設されたハノイ大聖堂です。建設当初は真っ白だったようですが長い年月のせいですっかり黒くなってしまっています。2枚目は歴史博物館です。建設当初はフランス極東学院博物館だったそうで、1932年建設。3枚目は大統領官邸。1902年建設で、当時のフランスの植民地総督官邸。ちなみにきれいな建物だなーと周りを歩いていていつの間にか立ち入り禁止の場所に入ってしまい兵隊さんに怒られてしまいました。4枚目からは西洋建築とは関係ありません。4枚目はハノイから車で30分程度の距離にあるバッチャンという村。安南焼きの窯元だそうです。5枚目は文廟の中です。王朝時代は教育機関として使われていたそうです。ラスト5枚目は、シクロ(自転車タクシー)の大群。広場とかに集まって観光客を待っています。この近くを通ってしまうと運転手のおっちゃんから「シクロー」という大きな声と手招きのお誘いを受けてしまいます。
 ぐだぐだと4回にも渡って書いたハノイ日記もこれでおしまいにしたいと思います。
 東南アジアは去年行ったバンコク、アユタヤ以来2回目の旅行ですが、タイよりもベトナムに親近感を感じました。このことは、タイの人に比べてベトナムの人の方が日本人と顔かたちが似ているように感じたことが1つの要因だと思います。このほかにも同じように中国の周辺国で現在は使われていませんが漢字を使っていた国(20世紀初頭までは使われていたとのこと)であり、寺院などにも漢字があふれていることなど文化的に似ているところが多いことも親近感を生むのかもしれません。
 今回の旅行でベトナムがすごく好きになりました。ただ、好きになったのはなぜかと考えてみるとベトナムのどこがいいのかは正直よくわかりません。食べ物はおいしいけど、道路などのインフラや一人一人のベトナム人の生活水準などはとても「良い」とは思えません。日常使っている生活道路が車酔いせずには乗っていられないような状態のまま放置してあるのに、川に架かるとてつもなく大きな橋は日本からの援助で日本のゼネコンが建設中、という一人一人の生活者の日常の便よりも経済振興のための流通路の確保が優先されるというような「いびつさ」を感じる(ただの旅行者なのでそこまで言い切っていいかどうかはわかりませんが…)。道路にはろくに信号もなく、走るバイクや車の列をかいくぐって道路を渡れる人だけが街を自由に歩けるという「やさしくない」街。隣近所のほほえましい助け合いや人情はあるだろうけど、逆に言うとそれらがないととても暮らしていけないのではないか思ってしまう。こうやって一つ一つ見ていくと、とても住みやすそうではないのに何に心惹かれるのか。たぶん、街全体から感じる「活気」ではないかと思います。
 冷静に見ると、日本なんかから見たってろくに社会保障もなさそうで暮らしにくそうなベトナム。でも私は、ベトナムに暮らす人の明日に希望を感じながら一生懸命暮らしているエネルギーに強く惹かれ、ベトナムが好きだと感じたんだと思います。以前、NHKが放送していた「映像の世紀」というドキュメンタリーの中でアメリカの作家スコット・フィッツジェラルドの言葉としてたぶんこんなことを引用していたと思います。〔今日よりは明日の方がよくなるとがんばってきたけど、自分たちはもうほしいものをすべて手に入れてしまって、もう今以上に幸せにはなれないことがわかった〕 日本に暮らしていてベトナムに対してこんなことを感じるなんていうのもずいぶん身勝手な話だと思いますが、ベトナムには今の日本にはない健全な活力があるように感じました。

ハノイ日記3







 今日もこりずに食べ物のお話し。
 ベトナムではいろんなデザートを食べてきました。写真に撮るのを忘れてしまったココナッツ味の棒アイス他、毎食のようにデザートを食べていました。ごく一部ですがそれらの写真をアップします。
 ほぼ例外なくおいしかったのですが唯一、ベトナムコーヒーはめちゃくちゃ甘くて苦い不思議な味(砂糖をめちゃくちゃ入れすぎたエスプレッソのような感じ)だったので、これだけは好きになれませんでした。フランスの植民地だったこともあって、プリンやクリームブリュレなど洋菓子が本格的でした。デザートではありませんが最後の写真にもあるように町中にはパン屋さんが数多くあり、道ばたでもフランスパンにいろんな具(ハムや酢漬けの野菜など)を挟んだバインミーと呼ばれるものが多く売られていました。
 写真にあるのはシントー(いつかブログで紹介したコンビニで紙パックに入って売っているミックスジュースのようなもの ←コンビニ紙パックはもちろんパチもの)、プリン、アイス1(お酒たっぷり入り)、アイス2(ドラゴンフルーツなどフルーツたっぷり)、アイスやさんです。このアイスやさんは店が道路に向かって扉を開けっ放しですぐにアイスが溶けてしまうし、写真にもあるように店の中に客のバイクが乗り付けられて止められています。
 今日は時間がないのでこれぐらいにします。明日はベトナムで撮ったきれいな建物を紹介します。

ハノイ日記2







 今日はベトナムで食べた食べ物を紹介します。
 とにかくベトナムの食べ物はおいしかった。普段の私の食生活をご存じの方にはにわかには信じがたいと思いますが、ベトナムでは本当に野菜が多くてヘルシーな食生活を送りました。
 日本でもベトナム料理は何度か食べたことがあってフォーが大好きだったので本場で食べるフォーをすごく楽しみにしていました。本場でフォーを食べてまず驚いたのは、トッピングとして揚げパンを入れるという食べ方。写真のお店でもそうですが、天秤棒を担いだ路上のフォー屋さんでも揚げパンは必ず用意されていました。(写真には取り損ねましたが担いだ天秤棒の先に七輪を置き、その七輪で揚げパンを油で揚げながら移動する女性を見てビックリ。なんというバランス感覚。お店を開く路上に着いた頃には揚げパンもあがってすぐに開店できるのかもしれませんが、もし人にぶつかったり、こけたりしたら大惨事になりそうな姿を何度か見ました。)これが結構うまいんです。フォーだけではあっさりしすぎてちょっと満腹にはなりませんが、揚げパンをいくつか入れて食べるとそれだけでお腹いっぱいになってしまいます。フォーを出すお店は、ちゃんとしたお店(建物として存在するという意味)から、道ばたまで本当にそこかしこにありました。なかには、フォー24という清潔でエアコンが効いたお店(ファーストフードのお店のような雰囲気)までありました。ベトナムで8食、ご飯を食べましたが一番おいしかったのは間違いなく生春巻き(ゴイクン)です。日本で食べるのと違って春巻きの皮がモチモチとしていて、すごく香草が聞いています。タレをつけるけどほとんど香草の香りで食べているような感じ。すごく気に入って食べていました。写真は暗くてなんだかよくわからない写りですが…。
 なんだか今日はすごく食いしん坊の日記のようになってしまいましたがまた明日続きを書きたいと思います。交流戦も終わって、明日から公式戦が再会。がんばれ原巨人!

ハノイ日記1




 本当は昨日からハノイでの出来事を紹介するはずだったのですがウイルス性腸炎を患ってしまい、昨日はとてもそのような状態ではなかったので今日にずれ込んでしまいました。事の発端は帰国した晩からの体調変化、夕食後に強烈な腹痛と寒気が…。お風呂につかっていても寒いと感じるほどの悪寒でした。次の日なんとか出勤したものの、お昼から早退して病院へ。病院の受付で症状と昨日帰国した旨を伝えると、「そういった事情でしたら、お名前をお呼びするまで病院の外でお待ちください」との対応。「そういった事情」ってなんやねん!! 1時間近く「外」で待った結果の診察では、ウイルス性の腸炎とのこと。今日はなんとか夕方まで勤務でき少しずつ食べ物も食べられる状態になってきました。
 前置きはこれぐらいにしてハノイでのことを少し紹介していきたいと思います。
 19時の飛行機で日本を出発し、ハノイに着いたのは現地時間の22時頃。まずは首都の空港なのにノイバイ空港はちっちゃくて暗いことに驚きました。そして荷物が出てくるのがとてつもなく遅い。結局、到着から小一時間後にようやく空港の外に出ることができました。
 外に出ると深夜というのにすごく蒸し暑く、東南アジアに来たんだなという感じがしました。空港からハノイ市内のホテルへは送迎の車で約40分。ベトナムは道にほとんど信号がないようで、ホテルまでの道のりで確認できた信号はたったの3つ!バンコクも信号が少ないと感じましたがとてもその比じゃない。道路などのインフラの整備もまだまだな感じです。でも深夜だというのに家族3,4人で1台のバイクにまたがって大勢の人が移動していてすごく活気はある感じ。途中、何度か正面衝突するんじゃないかと思うような場面にもでくわし、ハラハラドキドキの移動でした。
 写真は次の日に観劇した水上人形劇と町中でよく出会った行商の人。笠をかぶって天秤棒なんて、すごくベトナムって感じだけど、こういうスタイルが今も一般的に見かけるものだとは思いませんでした。それからベトナムの人はバトミントンが好きなようで、早朝に散歩に出かけると公園ではかなりの人がバトミントンに興じていました。金曜日の朝7時に公園でバトミントンってどういうシチュエーションなんかなって少し不思議でしたが…。早朝でも汗ばむような気候なのにバトミントンをしてから出勤なんて、運動が嫌いな僕にはちょっと考えられないことだったので。
 ついでなのでバトミントンの写真もアップしときます。(よく見ればわかる李朝の始祖リータイトーの像と二刀流のバトミントンおばさん)
 続きはまた。

帰ってきました


 ついに帰ってきてしまいました。と言ってもたった5日間ですが(正確には全く日本にいなかった日は3日間)。ハノイは暑かったですよー。毎日、気温38℃湿度80%以上でクタクタになりました。日本は涼しくて過ごしやすい。この点だけは、この国(地域)をちゃんと評価してあげなくちゃ。
 ベトナムでの様子はまたあとでお伝えします。とりあえずは後片付けと睡眠を(´。)(´o)(´O)(´〇)(´○) (´〇) (´O)(´o)(´。)
 ( _ _ ).。oO

もうすぐ出発

 もうすぐハノイに出発します。いよいよ待ちに待った国外逃亡!!
 ひょっとしたら現地でブログを更新するかもしれませんが、おそらくは帰ってきてからになると思います。では。

歳を重ねることって

 昨日、久しぶりに夢を見た。
 その夢はここ6,7年会っていない中学時代からの友人とあてもなくドライブに行くもの。はっきりと覚えてないけど、何となく遠くへ行こうと商用車のようなボロい車に乗って朝に奈良を出発。今(夢の現在進行している時点)はお昼をかなりすぎた頃で、若狭地方のあたりをああでもないこうでもないと二人で言いあいながら車を走らせているところ。(大学の頃とか就職したての頃はよくこんな馬鹿なことをして休日を無駄にしていました)
 朝起きてしばらくの間、ものすごく懐かしいような、せつないような何ともいえない感じがしていました。そこで何となく感じたのが「歳を重ねることってすごくせつないことなんや」です(いつもながらすごい飛躍)。いつか「毎年だんだんと1年が短くなるように感じるのは、自分の経験した時間(生)において1年という時間のスケールが相対的に小さくなっているから」と友人が話していました。それと同じようなもので歳を重ねるごとに新たな経験や出来事に遭うより、過去の記憶や想い出の方が総量としてずっと多くなる。しかも街の景色一つとってもどんどん変わっていってしまうのでそれを共有できる人はどんどん少なくなっていく。これってすごくせつないですよね。32歳の私がしばらく会っていない友人と遊びに行った夢を見ただけで少しせつないような気持ちになるのに、80歳の人は一人の時にどんなことを思いどんな気持ちでいるんだろう。当然、いつも昔のことを思い出して懐かしんでいるわけではないでしょうが。私は80歳になったときにそんな想い出や記憶の重さにどう向き合うのかなって少し考えてしまいました。(すごく一面的で部分しか見ていませんが、歳を重ねていくことに対して寂しさや焦りのような感情って結構強く持つものなのかもしれませんね。)
 「そんなん当たり前やん。今さらなに書いてんの」って言われそうですが、何か自分の中で妙にそうなんやって納得した部分があってつい書いてしまいました。何か変なブログになってしまいましたが忘れたらあかんと思ったので。

ハノイまであと2日

 いよいよハノイまであと2日!! もう少しの辛抱でたった5日間ですが国外逃亡できます。ここのとこ色々と嫌なことが続発しており(たとえば巨人が7連敗してしまったとか、ここでは書けない職場の事とか…)、かなりきつい状態ですがあと2日の辛抱と思えば多少のことは我慢できます。いい加減、内じゃなくて外を向いて仕事をしたいと思いますがどうもうまくいかないようです。(我慢できると言いつつしつこいですね)
 さて、ここのところあまりまじめにブログを更新していませんでしたがその間に職場では、レスパイトを考える会、関係機関連絡会議、相談支援事業の打ち合わせといろんな事が進んでいます。レスパイトを考える会については、たぶんぷらっとのブログで書かれると思うので(ぷらっとM、ぷらっとNのお二人聞いてますか?)、ここでは調査と関係機関連絡会議について報告したいと思います。
 まず関係機関連絡会議から、12日、第2回目の関係機関連絡会議が開催されました。町内の福祉施設、NPO、育成会、作業所、養護学校(3校)、社協と6機関にコーディネーターの合計11名が参加しました。中身は夏に開催する調査の概要報告と参加者が持ち寄ったテーマでの意見交換。意見交換では養護学校の先生から、制度がどのように変わっていくのか全然見えないので3年生の卒業後が生徒にも保護者にもなかなか提示することができないという話がされました。保護者もそのことに大きな不安を持たれているようで、1,2年生の保護者の懇談会への出席率が例年よりもあがっているそうです。結局、施設がどのように移行していくのかや地域生活支援事業がどのような形になっていくのかということも、情報収集といろんな想定でシミュレーションしながらも夏以降の行政の動きを待つしかないのではないかという、少しくらい話になってしまいました。でもコーディネーターのHさんからは、法律が変わってかなりひどいことになったが、たぶんここ2,3年が底でこれから色々と新しい取り組みが始まっていくのではないか。サービスの実践者はそうやってゼロからサービスを作り上げてきたのだから、きっとまたいろんな新しいサービスを作っていくだろう。という明るい言葉というか、発破をかけられて会議は終了しました。
 つぎに相談支援事業の打ち合わせについて。7町の広域で相談支援事業(地域生活支援事業の中の一部)をどこかに委託するというところまでは行政は決めているようなのですが、そこから先がなかなか進みません。当初はS町の知的障害分野のT園とO町の精神障害分野の法人Mに委託するということだったようですが、K町では社協という選択肢が出てきたのでどのように委託するのかがなかなか決まらないようです。今日は、T園に行って相談支援事業の委託形態や3者がどのように地域をカバーするのかという話を少ししてきました。明日、行政がそのことについて会議を開催するようですが、10月から事業が始まることを考えると早く枠組みが決まればいいのになと思います。
 K局長について行っただけの私はどちらかというとT園の方が教えてくれた、大阪のNPOが実施している知的障害について地域で理解してもらうためのワークショップの話やT園に併設されている喫茶でのハンバーグランチの方が印象的でした。

実態把握調査(パート3)

 ほんのちょっと間に合わず、10日になってしまいました。本当は9日のうちに書いてしまいたかったのですが。
 今日、知的障害者(児)実態把握調査の第3回目の会合が行われました。協力いただく講師の方々がK町まで足を運んでくださり、初めて地元での会議となりました。調査の実行が8月後半から9月と決まっているので、もうあまり時間も残されていないのですが調査項目(設問)について事務局から案を出し、講師の方々からアドバイスをいただきました。なかなか事務局側が調査で明らかにしたいと思っていることが、うまく伝えることができず引き続き検討することに…。もう時間がないと焦ってしまいますが、ここはじっくりと落ち着いて、もう一度、事務局が問題と思っていること、その原因として予測されることなどを話し合わねば。(続く)

障害学会雑感2

 昨日の続きで障害学会2日目の感想を紹介します。
 2日目で一番印象に残っているの学会シンポジウム2の「テクノロジと障害」です。このプログラムでは、フィンケルシュタインのポスト産業社会の時代にはテクノロジが障害をもたらす環境に変化を与え障害からの解放をもたらすという期待、広島青い芝による電動車いす拒否宣言(テクノロジは健全者が障害者との関わりから逃れ障害者との出会いをなくすもの、人は自分のことは自分ですべきという価値観の強化と再生産を図る)という懐疑、というテクノロジに対する異なる2つのスタンスの提示から始まって主にITを中心としてテクノロジが何をもたらすのかという議論が展開されました。
 印象的だったのは自身も視覚障害者で、視覚障害者向けのソフトを開発もしている石川さんの以下の発言。「支援技術はそもそも多様な人が利用することを前提としたユニバーサルデザインがあって初めて有効に活用される。ユニバーサルデザインがないところで、支援技術だけで何とか帳尻を合わせようと無理をするからいろんな不都合が起こってくる。」考えてみたら当たり前だが昨日の情報保障の問題だけじゃなく、ぷらっとでの活動なんかでも現状の社会を前提としどうすれば障害を持つ人が適応できるかという支援を考えがちだけど、その前提自体に働きかけることをやっていかなければならないって事ですよね。
 他にはよく聞く問題ですが、ろう者は人工内耳を歓迎しないという話。むしろ、人工内耳はろう文化への侵害としてとらえるという話から、テクノロジはインペアメントを縮小するのかディスアビリティを縮小するのかということが議論(テクノロジが障害を持つ○○さんから、障害を治すということで○○さんのパーソナリティーの一部を奪ってしまうのではないかということ等)されていました。
 私は、昨日のブログでも書きましたが支援に人が介在することで“まじめ”であることを強制されたり、いろんな面倒なことが起こるのであればできることなら機械が支援できればいいのになぁと単純に考えていました(「介護者手足論」なんてのもそんな流れかなと思っていました)。でも広島青い芝の会の電動車いす拒否宣言として紹介されていた、技術が健全者が障害者と出会う(たぶん健常者にとってめんどくさかったり、不愉快だったりしてできれば避けたいと思っているような)ことを奪ってしまってはいけないという話を聞いて、少し単純に考えすぎていたのかなと大いに反省してシンポジウムを聞いていました。
 そろそろお風呂なのでちっともまとまってないけど今日はこれぐらいに。

 追記:脳に電極を埋め込んで義足や義手を動かすというようなテクノロジに対して感じる嫌悪感はどこから来るのかなという話も出ていました。これは私にはちっとも整理できませんでした。確かに何か違うなという感覚やそこまでするのかという嫌悪感のようなものを感じるのですが、これらの感情は本当にテクノロジに対してもしくはそういうテクノロジを生んでしまう価値観に対して向けられているのでしょうか。誤解を恐れずに言うと「人あらざるもの」に向けられる感情ということもいえるのではないでしょうか。障害学やカルチュラルスタディなんかはスタンダードというか“こうあるべき”が生むいろんな阻害を多様な価値観を提示して並列化することで解体していく取り組みなのかなと思うのですが、上記のような“あたりまえ”の感情に対して何を提示していくのだろう。
 何を書いてるのか意味不明ですね。いつかちゃんと整理して説明できたらいいのになと思ってることだったので整理もできてないのにちょっとだけ書いてしまいました。では本当にお風呂に入ります。

障害学会雑感1

 そろそろ少し文章化しておかないと完全に忘れてしまいそうなので、今日は先日参加した第3回障害学会の感想を少し書いておきたいと思います。今回の障害学会では1日目のシンポジウムでも取り上げられていたように情報保障等の障害を持つ学生への支援が結構取り上げられていた。自由研究報告でも大学におけるノートテイクによる情報保障についての発表があったりして、数年前にヘルパー養成研修で聴覚障害の受講生に対する情報保障を行ったときに考えたり感じたりした問題と同じようなことが発表されていた。
 たとえば、コストを誰が負担するのかという問題やノートテイクを受けている障害学生の居眠りの可否。前者は大きな大学であれば負担することも可能だが、大きな大学でさえ何年に1人という学生にどの程度コストをかけることができるのか、10年前の入学した学生のために整えたパソコンようやく筆記の設備は今年入学してきた学生に使おうと思っても、もう時代遅れになっていてまた設備を整えなければならない等。後者は、障害学生のみつまらない講義でもちゃんとまじめに聞くことを強要されるのかという問題で、情報保障がなされないことは大きな問題だが情報保障を受けることで他の障害のない学生よりも“まじめ”であることが強制されてしまう。どちらも本当に切実な問題で、私も職場で30万円しか利益のないヘルパー講座から20万円近くの通訳コストを捻出しなければならず、職場という視点から見るとこんなことならヘルパー講座をしただけ損ということになってしまう。後者についても、本当は“まじめ”であれ“不まじめ”であれ参加を保障するという手段にすぎないはずの情報保障が、通訳者という“ひと”を介在することで障害を持つ受講生にとって、通訳する以上は“まじめ”に受けてほしいという“圧力”になってしまう。
 前者は自立支援法上のコミュニケーション支援がきっちりとカバーしてくれるのであれば事業者がコストを負わされることで講義が受けられたり、受けられなかったりという問題は解決できそう(でもコミュニケーション支援は市町村事業なので財源の問題等で実際はどのようになるのかわからないけど)。後者は、人を介するのではなく機械などのテクノロジーをりようすることでそのうち何とかなりそう(学会の構成はうまいモノでこんな事を思ってたら、2日目のシンポジウム「テクノロジと障害」でそんな簡単な事じゃないと思い知らされたわけですが…)。
 これが学会に参加して1日目の感想です。明日は2日目の感想を紹介したいと思います。(たぶん)

トマトロッソそば


 先ほど紹介した「へんてこ」なそばです。
 変わったモノをみるとついつい注文したくなってしまう性分なので注文しましたが、トマトとそばのミスマッチが最高にすばらしい一品でした。

まずは言い訳

 まずは更新が遅くなってしまった言い訳から。きのう、おとついと長野大学で開催された障害学会に参加してきたのは、すでに以前のブログで予告していました。その際に学会の様子をお伝えすると書きながら今日まで更新できなかった理由は、パソコンは持って行ったけど、ホテルにインターネットに接続できる環境がなかったという、なんだかなぁな事前のリサーチ不足です。そのうえ、寝不足で体調もすぐれないので、今日も言い訳をグダグダと書くだけでお茶を濁しつつ、報告を明日に引き伸ばししたいと思います。こんな内容ならわざわざブログを書かなければいいようなものですが3日間も更新を怠ると、めんどくさくなってそのままブログをやめてしまいそうなので・・・。
 とりあえずそんなところです。あと上田市でトマトロッソそばという妙なものを食べてきたので、後でこのブログに写真をアップしたいと思います。冷たいそばにトマトソースをかけて半熟卵を載せたという実にイタリアンのおそばです。お味のほうは・・・、想像にお任せします。チャレンジャーなぷらっとUでした。

明日は長野

 明日は障害学会に参加するために長野県上田市に行ってきます。
 関西から長野県へのアクセスはすごく悪いので、12時50分に始まる学会に間に合うためには朝6時に出なければなりません。車で行くのも電車で行くのもほとんど変わらず6時間ぐらいかかってしまいます。6時間もあれば関空からバンコクまで行けるのに…。明日はすごく早起きになるので今日のブログはこれぐらいにします。パソコンを持って行くので明日は障害学会の様子をお伝えできると思います。
 おやすみなさい。

マリコ/マリキータ

 時々、思い出したように本をよく読む時期が来ます。それ以外のときはページを開くのが少しおっくうでなかなか本を読まないんですが、年に数回ですが本が読みたくて仕方ないときがあってそのときは少し時間があれば本を読んでいるという感じになります。でも、もともと本を読むペースが遅いので月に10冊読めればいいというようなペースでしかないんですが。
 今日、池澤夏樹という作家の「マリコ/マリキータ」という本を読みました。この本には5つの短編が収められているんですがこの中の1つ「帰ってきた男」というのがすごくよかったです。アフガニスタン奥地のオニロス遺跡の調査に向かった“ぼく”と“ピエール”が遺跡から聞こえてくる音楽や言葉を聞くうちに自分という個から解放され世界や宇宙と一体になる感覚を味わうという話です。この中で“ぼく”と“ピエール”が個や人間の生き方について話し合うシーンがすごく印象に残っています。
 もしよかったらみなさんも一度読んでみてください。

プロフィール

taat1017

Author:taat1017
うだうだ、ぶつぶつ。いろんなことにすぐに悩んでしまう困った人です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。